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社名 日本形染株式会社
所在地 静岡県浜松市中央区船越町26-1
創業 明治33年4月3日
資本金 9000万円
代表者 代表取締役社長 廣田祐司
従業員数 80名(2024年 現在)
事業内容 服地をはじめ、カーテン、クッション、インテリア分野での素材 (綿、レーヨン、麻混等)の高付加価値プリント及び無地染加工
売上高 17億円
事業所 浜松(工場及び事務所)
主要取引先 日清紡テキスタイル株式会社、興和株式会社、豊島株式会社 株式会社コッカ、北高株式会社、双日ファッション株式会社
関連企業 株式会社染屋さん、株式会社コットンフレンド

遠州地方の染織産業

江戸末期、浜松藩主井上河内守が藩士の家族に綿織物を奨励したことにより、
遠州地方に織物の基礎が築かれました。いわゆる遠州織物の誕生です。
当時の機織りは、藩士や農家の副業の域を出ず生産量も限られたものでした。
その後織物取引の量が増加するにつれ、工場生産方式が出現するようになります。
織機を増やし、女子工員を雇って量産体制をとるようになったのです。
こうした工場生産方式は、その後の遠州地方の産業の近代化に大きな役割を果たすようになりました。
そんな遠州織物と呼応して、柄物染色の糊付技術にも画期的な機械の発明がなされました。
片面形糊付機械です。1899年のことです。
当初の糊付機は、薄い真鍮の板を彫り抜き、それを丸めて円筒形に造り
中から糊を出して型付けするしくみでした。
それまで国内の柄物の染色は、すべて手作業によるものでした。
この機械を使って仕上げた製品を東京の呉服問屋を回って見せたところ、手描きで染めた物と違い、
型も崩れず見事なできばえと絶賛されました。まさに染色業界の一大革命となりました。

日本形染の歴史の始まりです。 参考文献 
静岡果織物染色協同組合五十周年記念誌
日本形染百年史